沼田まほかるによる、苦しいほど残酷で嫌気がさすような、ホラーにも近い恋愛小説。いわゆる【イヤミス】の括りに入るのではないでしょうか。
どう頑張っても愛せないようなダメ人間たちがもがく「彼女がその名を知らない鳥たち」のあらすじ、おすすめポイントを紹介します!
後半はネタバレを大放出しているので、見たくない方はお気をつけください。
彼女がその名を知らない鳥たちのあらすじ
家でも作業着のまま、食べ物をボタボタとこぼしながら食べる、醜くて汚い男。佐野陣司。そんな彼と同居して6年になる、主人公の十和子。
2人は長く一緒に暮らしていますが、十和子は以前酷い形で捨てられた男性:黒崎のことが忘れられず、また陣司に抱く嫌悪感のせいで、正面から愛すことができないでいました。
しかし十和子は仕事もせず、陣司が稼いだお金で生活をしています。養ってもらっているにも関わらず、長く生活しているにも関わらず、止められない陣司への嫌悪感。怒り。
そんな様子を姉は叱りますが、当の陣司は十和子を責めることなどは一切せず、十和子が不審に思うほど真っ直ぐに愛し続けるのでした。
そんなある日、十和子は壊れた腕時計をきっかけに、百貨店に勤める妻子持ちの男性:水島と出会い恋に落ちます。逢瀬を重ねるほどに深まる十和子の想い。比例して陣司の嫉妬も深まります。
陣司はストーキングや嫌がらせなど、さまざまな手を使って、その男性と十和子を引き離そうとし、十和子はその様子に恐怖を抱くのでした。
そんな最中、愛していた黒崎が、5年前に失踪していることが判明。十和子は、陣司ある日血だらけで帰ってきたことを思い出します。
そこから2人の、貧しいけれど平穏だった日々が狂っていくのでした…。
これが「彼女がその名を知らない鳥たち」の簡単なあらすじです!読んでわかるとおり、幸せな胸キュン恋愛小説とは程遠いストーリーとなっています。
それでもこの小説を「純愛小説」だと評価する人は多いです。たぶんこれが、この小説が人気の秘密なのではないでしょうか。
映画情報
「彼女がその名を知らない鳥たち」は2017年10月28日に映画が公開。ユリゴコロに続いて、沼田まほかるさんの小説が映画化されるのは2017年だけで2作目です。
主人公の十和子を演じるのは蒼井優さん。十和子を執拗に愛し続ける醜い男、陣司を演じるのは阿部サダヲさん。十和子が愛していた黒崎を竹野内豊さん、新しく恋に落ちる水島を松坂桃李さんが演じます。松坂桃李さんはユリゴコロでも主要人物としてキャスティングされていますね。
蒼井優さんが十和子にぴったりなので、原作の再現度も高くなるのではないでしょうか。
彼女がその名を知らない鳥たちの感想
うーん、暗いです(笑)「爽やか青春ラブストーリー」とは真逆の立ち位置の作品。
暗い小説が好きな人にはおすすめしたいですが、宮部みゆきさんとか森見登美彦さんとかの小説が好きな人はたぶん最後まで読めない可能性が高いと思います。
登場人物全員が異様に人間くさくて、彼らの心情を考え込んでみると非常に味わい深いです。でも平和に生きてたらわからなくていい感情が多いので、共感できる人とできない人との差は大きいかもしれませんね。
普通の恋愛小説はすきじゃない!そんな、ちょっとひねくれた、大人な方におすすめです。最後まで読むことができたら、今まで体験したことのないような大胆なラストに出会えます。
ではここからはネタバレも交えながらレビューをしていきます。
彼女がその名を知らない鳥たちのネタバレ
あらすじや映画の予告から気になるのは「十和子と陣司はどうなるのか」「失踪した黒崎を殺したのは陣司なのか」この大きな2点ではないでしょうか。
まずは十和子と陣司の馴れ初めから解説していきましょう
十和子と陣司の関係
十和子は職場の飲み会で陣司と初めて言葉を交わします。女ったらしとして評判で、大手の建設会社に勤めている陣司。はじめにアプローチしたのは陣司のほう。十和子に対して待ち伏せをしたりと、執拗なアピールを繰り返します。
最終的に十和子は陣司の気持ちに負け、同じベッドで夜を過ごすのでした。そこからなんとなくで同棲生活に。
しかし十和子は黒崎という元カレを忘れられずにいました。陣司は十和子が未だに想いを寄せる黒崎を根っから憎んでおり、片っ端から面影を消そうとします。
十和子と黒崎の黒い過去
十和子は黒崎に騙されていました。
ナンパから始まった2人の関係。優しくて身のこなしもスマートな黒崎に十和子はすぐにメロメロになります。そんな矢先に、黒崎の出世のために年老いた男性(国枝)と性的関係を結ぶことを、黒崎自身から依頼されるのです
十和子はそうすれば黒崎と結婚できると信じて何度も男性とベッドを共にしますが、結局黒崎は国枝の親類である女性と結婚し、十和子を捨てるのでした。
その数年後に、十和子と陣司が出会うわけです。だから陣司は黒崎を恨んでいるわけですね。
しかし、陣司が黒崎を殺していたのではなかったんです!これがこの作品のミソ。
黒崎を殺したのは陣司ではなく十和子
黒崎を殺したのは他の誰でもない十和子でした。
黒崎にひどい捨てられ方をした数年後、また同じような依頼の連絡があったのです。直接会って話をしているうちに十和子は黒崎への恨みがこみ上げてきて、思わず殺してしまいました。
しかしその後始末をしたのは陣司です。放心状態の十和子のために、遺体の処理などはすべて陣司が行い、十和子はそのまますっかりその記憶をなくしていました。人間、本当に忘れたい記憶はいつの間にか忘れてしまうといいますしね。
十和子が気づいたとき、2人は…
物語の終盤、黒崎のときと同じように恋に落ちた水島をきっかけに、十和子は自分が犯していた罪と陣司の行為に気づきます。
陣司は黒崎の痕跡を十和子の周りから執拗に消そうとしていましたが、それは単なる嫉妬ではなくて十和子に真実を忘れたままでいてほしかったからだったんです。
陣司はただひたすら愛する彼女を守りたかっただけでした。そして最後、陣司はすべてを話したあと自ら崖に飛び降り命を落とすのでした。
ネタバレあり感想
陣司の大きな愛
作品中、汚くて醜くて不審な男と描かれる陣司。なんでこの気持ち悪い男はこんなにも彼女に執着するんだろう、そんなふうにしか感じられなかったのに、物語の結末で一気に読者の考えは覆されます。
陣司のものすごく強い愛情に、読者はまさに言葉を失うでしょう。
それにしても、どうしてここまで愛せるのか。ここまで人のために何かできる人を私は知りません。
自分は恋人に対してここまでのことができるのか。思わず考え込んでしまいます。
十和子を囲む男性の対比がすごい
醜いけれど大きな愛情を持った陣司、美しい外見と身のこなしだが残酷な仕打ちをする黒崎、同じくスマートな風貌だが妻子持ちにも関わらず身勝手に十和子に手を出す水島。
この対比がすごくよかったですね。でもこれらの人物の中で誰がすきか、自分が誰になりたいかと聞かれて、全員が全員「陣司」だとは答えられないと思います。そこも面白い。
人間って美しくはいられないものだ、みんなある種腐っていて、それが面白いんだなと考えさせられます。
「彼女がその名を知らない鳥たち」タイトルの意味は?
最初、このタイトルを小説の中身があまりにも違う印象で面食らいました。しかしこうして感想を書いているうちに、この「鳥たち」は十和子を取り囲む男性たちのことなのかなと思い至りました。
彼女=十和子は、彼らの本当の姿=その名を知らないままで、さまざまな運命に翻弄されました。私たちも同じように、知っているつもりの相手でも、本当のその名を知らない相手がいるのかもしれませんね。
長くなりましたが「彼女がその名を知らない鳥たち」のレビューでした。
暗いけれどどこか光がある、いい小説だと思います。イヤミスといえどもそんなに嫌な後味は残りません。むしろさっぱりした気分になれました。